(間奏曲)
<G>偏執的編集者</G><S1>(以下、略して偏集者)</S1> 前回はまたまた「番外篇」を書くことになって、この〈偏執的編集論〉も間があいてしまって何を書くことにしていたのだか、わからなくなってしまいがちなんだけど、Kさんもだいぶ未來社方式に慣れてきてくれたので、いろいろご意見をいただけると思っているんですよ。
<G>Kさん</G> 出版の仕事のお手伝いはとても楽しいです。本ができるまでの途中のプロセスがいろいろあるんだな、ってこれまでよく知らなかったことが見えるようになってきました。この〈偏執的編集論〉も編集者が何にこだわっているのかがわかってきて、内側から見ているとおもしろいんですが、ちょっとむずかしいところもあります。テキストエディタというのも一般的ではないんでしょうが、編集のプロはこういうものを使わないといけないんだな、と思わされます。
<G>偏集者</G> だからね、何度も言うけど、テキストをエディット(編集)するからテキストエディタというわけだけど、わたしの知っている編集者でも「原稿はワードでください」なんていまだに言ってる始末だから、編集のプロというのは、すくなくとも技術レベルではきわめて少数にすぎないんだよ。ほんとうはとてもおもしろい世界で、最近うちで働いてくれているT君はマック派だけど、最近はやむをえずウィンドウズで仕事をしているうちに、わたしの秀丸マクロなんかに関心をもってくれて、いろいろ説明するとますますおもしろがっているよ。おかげでこちらもひさびさにMacBook Airというのを買い込んで、大谷翔平じゃないけど二刀流復活だあ、と叫んでいるわけだ。かつてSED(セド)というコマンドツールを覚えるところからいまのテキスト技法に入ったわけで、最近またSEDの再開発に取り組もうとしているんだ。あっ、こんなことKさんに話しても困るかな。
<G>Kさん</G> わたしもそのうち勉強したいと思います<S1>(笑い)</S1>。いまはさしあたりすぐにも三ページ分の原稿が必要なので、ヨタ話はそれぐらいにしてもらって、前々回の「8 表記の間違いと不統一を正す1」のつづきを書いていただけますか。
<G>偏集者</G> そうだったね。ところで1があるからには2以降があるはずだから、たぶんこんなことを書こうと思っていただろうことを書いておきましょう。
9 表記の間違いと不統一を正す2
さて、わたしのこの連載は原則的にパソコンを使ったテキスト編集の技法を具体的に論じるものであり、わたしが日常的にいちばん使っている秀丸というテキストエディタで独自に作成した秀丸マクロに準じて説明している。これは長年にわたって実際の編集実務をつうじて、その効率化と正確性を基準に鍛え込んできたもので、それも日々こまかいバグ修正をおこなっているから、その精度には自信がある。未來社ホームページの「アーカイブ」ページ上で公開してもいるので、興味のあるかたは利用してほしい。(と言っても、かなりの人たちがダウンロードしてくれているから使ってくれている人もいるのだろう。ただしネット上の更新を怠っているので、最新ではないが。)
そういうわけで、今回の項目ではあといくつか取り上げておくだけにしよう。
ひとつは、日本語表記、それも縦組みの本のなかで、欧文仕様と思われる「上記」「下記」「上述」「上掲」などの記述がよく見られることである。欧文は文の流れが上から下へだからこれでいいのだが、日本語のように右から左へ文章が流れることばでは、この上下表記は原理的におかしい。こういう表記はコンピュータ以前からもあって、古い岩波文庫の翻訳などでもよく見られる。原文を読んでいるうちにこういう上下感覚が訳者の身についたのかもしれないが、いすれにせよ、元が上下の流れの文章であっても日本語にして、しかも縦組みの本の形式に文字を配列する以上は、この上下関係を前後関係に変換しなければいけない。これもふくめて翻訳なのではなかろうか。というわけでこれらを「前記」「前述」「前掲」「後記」「後述」「後掲」などと変換しなければならない。単純置換するなら検索で「上記」、置換で「前記」等々にすればよい。それがいちいち面倒ならば、たとえば秀丸マクロではこうなる。
replaceallfast "上\\f[記掲述]\\f","前★\\1",inselect,regular;
簡単に説明しておくと、「上」という文字のうしろに「記」「掲」「述」のどれかひとつの文字がきたら、「上」を「前」に変換し、そのうしろに該当する文字を代入するということである。「★」は変換した痕跡を確認するためにあるだけなので、間違いがなければ削除すればいい。秀丸の検索と置換のボックスでこれを処理するならば、「正規表現」のチェックボックスにチェックを入れたうえで、検索で「上\f[記掲述]\f」、置換で「前★\1」とすればよい。別のエディタでこれをおこなうときはそれぞれ「上\([記掲述]\)」で検索し、「前★\1」で置換する。こちらのほうが一般的である。秀丸ではタグ付き正規表現を「\f......\f」(マクロでは「\\f......\\f」)で指定するが、本来の正規表現は「\(......\)」だからである。なお、Wordなどの初心者~中級者向けワープロは脚注やルビなどむだなローカル機能を搭載しているくせにこういう基本的な機能を組み込んでいないので、正規表現を駆使した検索・置換はできない。
また、必ずしも間違いではないが、小説や映画などで「長編」「短編」といった類いの表記もできれば「長篇」「短篇」というふうに表記したい。前者だとどうも感じがしっくりこないのである。その場合の秀丸マクロの表記は次のようになる。
replaceallfast "\\f[長短全前後続詩]\\f編","\\1篇★",inselect,regular;
つまり「全編」も「前編」「後編」「続編」「詩編」もすべて「全篇」「前篇」「後篇」「続篇」「詩篇」と変換するという仕掛けである。
つぎにこんな修正はどうだろうか。
よく見かけるが、年齢を示す「歳」に「才」を使っている例がときに見られる。直筆などの場合には字画数の問題で「才」で省略するクセが反映したものかもしれない。手書き時代のなごりだろう。いまどきの活字表現では適切ではないので、数字のうしろにある「才」は「歳」に変換しよう。その場合の秀丸マクロの表記は次のようになる。
replaceallfast "\\f[01234567890123456789〇一二三四五六七八九十何]\\f才","\\1歳★",inselect,regular;
これを単純置換するなら検索で「\f[01234567890123456789〇一二三四五六七八九十何]\f才」、置換で「\1歳★」とするのは、前述したとおりである。
もうひとつ紹介しておくと、固有名詞を正字に置換するほうがよいという問題である。たとえばほんの一例であるが、「未来社」「文芸春秋」「丸山真男」「福沢諭吉」「柳田国男」をマクロを使ってそれぞれ「未來社」「文藝春秋」「丸山眞男」「福澤諭吉」「柳田國男」に一括変換すると、不統一をなくすことができる。こうした作業はテキスト通読作業に入るまえにあらかじめすませておくとむだな神経を使わなくてすむ。それぞれの本ごとに、必要な変換候補を追加しておけば、作業は楽になるはずである。秀丸マクロとはこうしたひとつひとつの変換セットをひとつの束にまとめたコマンド集のことである。
最後にもうひとつだけ。文章中に「?」や「!」が入ることがある。句点の代わりにこれらの記号が用いられているような場合もあるので、そのときにはうしろに全角スペースをひとつ挿入するほうがいい。その場合の秀丸マクロは以下のようになる。
replaceallfast "\\f[?!]\\f[^\n「」『』〈)《》(〉[]〔〕【】{}""'']\\f","\\1 \\2",inselect,regular;
簡単に説明しておくと、「?」か「!」のうしろにカッコ類や改行コード(\n)以外の文字がくる場合に全角スペースを挿入するというコマンドである。うしろにくる文字によってはスペースは不要だからである。
<G>偏執的編集者</G><S1>(以下、略して偏集者)</S1> 前回はまたまた「番外篇」を書くことになって、この〈偏執的編集論〉も間があいてしまって何を書くことにしていたのだか、わからなくなってしまいがちなんだけど、Kさんもだいぶ未來社方式に慣れてきてくれたので、いろいろご意見をいただけると思っているんですよ。
<G>Kさん</G> 出版の仕事のお手伝いはとても楽しいです。本ができるまでの途中のプロセスがいろいろあるんだな、ってこれまでよく知らなかったことが見えるようになってきました。この〈偏執的編集論〉も編集者が何にこだわっているのかがわかってきて、内側から見ているとおもしろいんですが、ちょっとむずかしいところもあります。テキストエディタというのも一般的ではないんでしょうが、編集のプロはこういうものを使わないといけないんだな、と思わされます。
<G>偏集者</G> だからね、何度も言うけど、テキストをエディット(編集)するからテキストエディタというわけだけど、わたしの知っている編集者でも「原稿はワードでください」なんていまだに言ってる始末だから、編集のプロというのは、すくなくとも技術レベルではきわめて少数にすぎないんだよ。ほんとうはとてもおもしろい世界で、最近うちで働いてくれているT君はマック派だけど、最近はやむをえずウィンドウズで仕事をしているうちに、わたしの秀丸マクロなんかに関心をもってくれて、いろいろ説明するとますますおもしろがっているよ。おかげでこちらもひさびさにMacBook Airというのを買い込んで、大谷翔平じゃないけど二刀流復活だあ、と叫んでいるわけだ。かつてSED(セド)というコマンドツールを覚えるところからいまのテキスト技法に入ったわけで、最近またSEDの再開発に取り組もうとしているんだ。あっ、こんなことKさんに話しても困るかな。
<G>Kさん</G> わたしもそのうち勉強したいと思います<S1>(笑い)</S1>。いまはさしあたりすぐにも三ページ分の原稿が必要なので、ヨタ話はそれぐらいにしてもらって、前々回の「8 表記の間違いと不統一を正す1」のつづきを書いていただけますか。
<G>偏集者</G> そうだったね。ところで1があるからには2以降があるはずだから、たぶんこんなことを書こうと思っていただろうことを書いておきましょう。
9 表記の間違いと不統一を正す2
さて、わたしのこの連載は原則的にパソコンを使ったテキスト編集の技法を具体的に論じるものであり、わたしが日常的にいちばん使っている秀丸というテキストエディタで独自に作成した秀丸マクロに準じて説明している。これは長年にわたって実際の編集実務をつうじて、その効率化と正確性を基準に鍛え込んできたもので、それも日々こまかいバグ修正をおこなっているから、その精度には自信がある。未來社ホームページの「アーカイブ」ページ上で公開してもいるので、興味のあるかたは利用してほしい。(と言っても、かなりの人たちがダウンロードしてくれているから使ってくれている人もいるのだろう。ただしネット上の更新を怠っているので、最新ではないが。)
そういうわけで、今回の項目ではあといくつか取り上げておくだけにしよう。
ひとつは、日本語表記、それも縦組みの本のなかで、欧文仕様と思われる「上記」「下記」「上述」「上掲」などの記述がよく見られることである。欧文は文の流れが上から下へだからこれでいいのだが、日本語のように右から左へ文章が流れることばでは、この上下表記は原理的におかしい。こういう表記はコンピュータ以前からもあって、古い岩波文庫の翻訳などでもよく見られる。原文を読んでいるうちにこういう上下感覚が訳者の身についたのかもしれないが、いすれにせよ、元が上下の流れの文章であっても日本語にして、しかも縦組みの本の形式に文字を配列する以上は、この上下関係を前後関係に変換しなければいけない。これもふくめて翻訳なのではなかろうか。というわけでこれらを「前記」「前述」「前掲」「後記」「後述」「後掲」などと変換しなければならない。単純置換するなら検索で「上記」、置換で「前記」等々にすればよい。それがいちいち面倒ならば、たとえば秀丸マクロではこうなる。
replaceallfast "上\\f[記掲述]\\f","前★\\1",inselect,regular;
簡単に説明しておくと、「上」という文字のうしろに「記」「掲」「述」のどれかひとつの文字がきたら、「上」を「前」に変換し、そのうしろに該当する文字を代入するということである。「★」は変換した痕跡を確認するためにあるだけなので、間違いがなければ削除すればいい。秀丸の検索と置換のボックスでこれを処理するならば、「正規表現」のチェックボックスにチェックを入れたうえで、検索で「上\f[記掲述]\f」、置換で「前★\1」とすればよい。別のエディタでこれをおこなうときはそれぞれ「上\([記掲述]\)」で検索し、「前★\1」で置換する。こちらのほうが一般的である。秀丸ではタグ付き正規表現を「\f......\f」(マクロでは「\\f......\\f」)で指定するが、本来の正規表現は「\(......\)」だからである。なお、Wordなどの初心者~中級者向けワープロは脚注やルビなどむだなローカル機能を搭載しているくせにこういう基本的な機能を組み込んでいないので、正規表現を駆使した検索・置換はできない。
また、必ずしも間違いではないが、小説や映画などで「長編」「短編」といった類いの表記もできれば「長篇」「短篇」というふうに表記したい。前者だとどうも感じがしっくりこないのである。その場合の秀丸マクロの表記は次のようになる。
replaceallfast "\\f[長短全前後続詩]\\f編","\\1篇★",inselect,regular;
つまり「全編」も「前編」「後編」「続編」「詩編」もすべて「全篇」「前篇」「後篇」「続篇」「詩篇」と変換するという仕掛けである。
つぎにこんな修正はどうだろうか。
よく見かけるが、年齢を示す「歳」に「才」を使っている例がときに見られる。直筆などの場合には字画数の問題で「才」で省略するクセが反映したものかもしれない。手書き時代のなごりだろう。いまどきの活字表現では適切ではないので、数字のうしろにある「才」は「歳」に変換しよう。その場合の秀丸マクロの表記は次のようになる。
replaceallfast "\\f[01234567890123456789〇一二三四五六七八九十何]\\f才","\\1歳★",inselect,regular;
これを単純置換するなら検索で「\f[01234567890123456789〇一二三四五六七八九十何]\f才」、置換で「\1歳★」とするのは、前述したとおりである。
もうひとつ紹介しておくと、固有名詞を正字に置換するほうがよいという問題である。たとえばほんの一例であるが、「未来社」「文芸春秋」「丸山真男」「福沢諭吉」「柳田国男」をマクロを使ってそれぞれ「未來社」「文藝春秋」「丸山眞男」「福澤諭吉」「柳田國男」に一括変換すると、不統一をなくすことができる。こうした作業はテキスト通読作業に入るまえにあらかじめすませておくとむだな神経を使わなくてすむ。それぞれの本ごとに、必要な変換候補を追加しておけば、作業は楽になるはずである。秀丸マクロとはこうしたひとつひとつの変換セットをひとつの束にまとめたコマンド集のことである。
最後にもうひとつだけ。文章中に「?」や「!」が入ることがある。句点の代わりにこれらの記号が用いられているような場合もあるので、そのときにはうしろに全角スペースをひとつ挿入するほうがいい。その場合の秀丸マクロは以下のようになる。
replaceallfast "\\f[?!]\\f[^\n「」『』〈)《》(〉[]〔〕【】{}""'']\\f","\\1 \\2",inselect,regular;
簡単に説明しておくと、「?」か「!」のうしろにカッコ類や改行コード(\n)以外の文字がくる場合に全角スペースを挿入するというコマンドである。うしろにくる文字によってはスペースは不要だからである。