未來社の漢字表記について東京大学出版会の竹中英俊さんから鋭い突っ込みがなされている。ツイッター上での発言なので見落としがちだが、どっこい何度も言及されているようなので、フォローし直さないわけにいかず、この自称「白川静の押しかけ弟子」の追及は放っておけない問題であるし、ほかにも竹中さんとツイッターでこの問題についてやりとりしている方がいることがわかったので、いちどこのあたりの事情を説明しておく必要があるだろう。あまり「出版文化再生」につながらないと思う(笑)が、この場を借りてひとこと釈明しておきたい。
まず竹中さんはこんなことを書いている。
《西谷能英社長に話したことだが、「未来社」は、ロゴの文字のうち「来社」は旧字、PR誌「未来」のタイトルは新字である。社が編集しているPR誌面の「未来社」の文字は「来」だけを旧字にしている。こんないい加減な表記はやめて「未来社」と「未来」にしてほしいな。そして「来」の魅力を語りたい。》《白川静の弟子である私ですので、ならば「社」もシメスヘンの旧字にしていただきたいですし、PR誌の『未来』も旧字にしてほしいのです。一貫性がない姿勢を問題にしているのです。》《手もとにある最新刊の加藤節『同時代史考』をみると、「未来社」の表記において、「社」が新字旧字が混在していて、自社出版物でも混用してしまうものを、どうしたらいいのでしょうか。西谷さん、よろしくお願いします。》(いずれも2012年2月29日)
まったくお節介なことだが、せっかくそう言ってくれるのも貴重なご意見なので弁明しなければならない。じつはこの「いい加減な」混在状態はいまに始まったことではなく、正確な日付は覚えていないが、あるときまで「未来社」も「未來社」も、そしてここでは表示できないが「示偏(しめすへん)」の「社」も編集者ごとにいろいろ使っていたらしいのを、わたしが今後はすべて「未來社」に統一しようと言い出して、以後は原則としてこの表記が使われている。本文の引用文献などでも著者の原稿を修正してまで直しているのである。記憶では20年以上前になるかな。1989年に交通事故で亡くなった小箕俊介がまだ生きていたころだったような気がするからそれ以上になるかもしれない。もっとも当時はどこまで徹底できたかはわからないが。PR誌「未来」にかんしては商標登録に関係あったかどうかは怪しいが、最初からこれで通してきているので、社名との不一致は最初から一貫(笑)しているのである。
ところがおそらく2000年ごろを境として、書物の世界にもデジタル編集の時代がやってくることになり、これは竹中さんには叱られそうだが、パソコンで出力できる「來」はともかく、外字扱いになってしまう旧字の「社」は、さまざまな点を考慮して旧字はやめ「未來社」に統一することに決めたのである。ただし、装幀などでは「來」はもとより、旧字の「社」を使うこともないわけではない。しかしその場合でも、あくまでもデザインとしての画像扱いで、流通上は「未來社」としている。そうしないと、インターネットなどで流通するものもしなくなってしまうからである。現に書協のホームページでは「未來社」で検索しても該当する書名は出てこないで、「未来社」なら1621件ヒットする。最初のころ、書協に申し入れてどちらでもヒットするように「あいまい検索」できるように仕組みを変えてくれと要求したことがあったが、技術上の困難があったらしい当時はともかく、いまだに実現していない。まったく不親切な組織だ! 会費払うのやめようかな。平凡社だって同じだ。というかあちらのほうがもっと確信犯なのか、あんな泣きべそのような「平」の旧字だかなんだか知らないが最初からパソコンでは出てこないのだからしかたない。すみません、変なとばっちりを食わせてしまって、平凡社さん!
というわけでネット流通上の不利にもかかわらず、せめて「來」の字にだけはこだわっているのが現状です。竹中さん、これでお答えになりましたでしょうか。
そうそう、ついでにわたしのお得意の正規表現を使って、文中の「未来社」を一括変換する置換処理の方法を書いておきましょう。
検索文字列:未来社\([^会]\)
置換文字列:未來社\1
これは「未来社会」のような熟語以外の「未来社~」にのみヒットさせ、「~」の部分をそのまま代入させることで「未来社の」「未来社は」「未来社が」などをそれぞれ「未來社の」「未來社は」「未來社が」と一括変換させるのである。ちなみにこれを秀丸エディタのマクロで表記すると
replaceallfast "未来社\\f[^会]\\f","未來社\\1",inselect,regular;
となる。
どうです、竹中さん、この一貫ぶりだけは貴兄のこだわりにひけをとらないように思いますが。(2012/3/1)
まず竹中さんはこんなことを書いている。
《西谷能英社長に話したことだが、「未来社」は、ロゴの文字のうち「来社」は旧字、PR誌「未来」のタイトルは新字である。社が編集しているPR誌面の「未来社」の文字は「来」だけを旧字にしている。こんないい加減な表記はやめて「未来社」と「未来」にしてほしいな。そして「来」の魅力を語りたい。》《白川静の弟子である私ですので、ならば「社」もシメスヘンの旧字にしていただきたいですし、PR誌の『未来』も旧字にしてほしいのです。一貫性がない姿勢を問題にしているのです。》《手もとにある最新刊の加藤節『同時代史考』をみると、「未来社」の表記において、「社」が新字旧字が混在していて、自社出版物でも混用してしまうものを、どうしたらいいのでしょうか。西谷さん、よろしくお願いします。》(いずれも2012年2月29日)
まったくお節介なことだが、せっかくそう言ってくれるのも貴重なご意見なので弁明しなければならない。じつはこの「いい加減な」混在状態はいまに始まったことではなく、正確な日付は覚えていないが、あるときまで「未来社」も「未來社」も、そしてここでは表示できないが「示偏(しめすへん)」の「社」も編集者ごとにいろいろ使っていたらしいのを、わたしが今後はすべて「未來社」に統一しようと言い出して、以後は原則としてこの表記が使われている。本文の引用文献などでも著者の原稿を修正してまで直しているのである。記憶では20年以上前になるかな。1989年に交通事故で亡くなった小箕俊介がまだ生きていたころだったような気がするからそれ以上になるかもしれない。もっとも当時はどこまで徹底できたかはわからないが。PR誌「未来」にかんしては商標登録に関係あったかどうかは怪しいが、最初からこれで通してきているので、社名との不一致は最初から一貫(笑)しているのである。
ところがおそらく2000年ごろを境として、書物の世界にもデジタル編集の時代がやってくることになり、これは竹中さんには叱られそうだが、パソコンで出力できる「來」はともかく、外字扱いになってしまう旧字の「社」は、さまざまな点を考慮して旧字はやめ「未來社」に統一することに決めたのである。ただし、装幀などでは「來」はもとより、旧字の「社」を使うこともないわけではない。しかしその場合でも、あくまでもデザインとしての画像扱いで、流通上は「未來社」としている。そうしないと、インターネットなどで流通するものもしなくなってしまうからである。現に書協のホームページでは「未來社」で検索しても該当する書名は出てこないで、「未来社」なら1621件ヒットする。最初のころ、書協に申し入れてどちらでもヒットするように「あいまい検索」できるように仕組みを変えてくれと要求したことがあったが、技術上の困難があったらしい当時はともかく、いまだに実現していない。まったく不親切な組織だ! 会費払うのやめようかな。平凡社だって同じだ。というかあちらのほうがもっと確信犯なのか、あんな泣きべそのような「平」の旧字だかなんだか知らないが最初からパソコンでは出てこないのだからしかたない。すみません、変なとばっちりを食わせてしまって、平凡社さん!
というわけでネット流通上の不利にもかかわらず、せめて「來」の字にだけはこだわっているのが現状です。竹中さん、これでお答えになりましたでしょうか。
そうそう、ついでにわたしのお得意の正規表現を使って、文中の「未来社」を一括変換する置換処理の方法を書いておきましょう。
検索文字列:未来社\([^会]\)
置換文字列:未來社\1
これは「未来社会」のような熟語以外の「未来社~」にのみヒットさせ、「~」の部分をそのまま代入させることで「未来社の」「未来社は」「未来社が」などをそれぞれ「未來社の」「未來社は」「未來社が」と一括変換させるのである。ちなみにこれを秀丸エディタのマクロで表記すると
replaceallfast "未来社\\f[^会]\\f","未來社\\1",inselect,regular;
となる。
どうです、竹中さん、この一貫ぶりだけは貴兄のこだわりにひけをとらないように思いますが。(2012/3/1)